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奈良シニア大学 事務局長が綴る、本と映画と感性と。

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夢に向かって突き進め!椿野唯仁の公式ブログ

奈良シニア大学の特徴は講座かコミュニティか。葛藤の末の結末とは!

奈良シニア大学in東京学校説明会

東京の滞在も、残り2日となりました。

現在の新入生は、15名。

ということは、目標まであと15名。

6日間あった説明会・公開講座も4日間を消化して、今日の日を迎えました。

残り2日であと15名。

これまでのペースでいくと、確実に目標達成できない… !!

昨日の夜は、プレゼン資料を作り直しました。そして、何度も練習しました。

極度のプレッシャーの日を超えましたが、依然として結果が全てなので不安が募ります。

奈良シニア大学

これまでの振り返り

沢山の方々の支えがあって、この日を迎えました。

忘れもしない、9月2日。9月3日。

奈良フェニックス大学

コミュニティが特徴

東京で行われている講座の数は星の数ほどある。朝日、読売、産経の講座と比べると当然、母数で勝てない。たとえ、「奈良」に特化したとしても、無名の僕たちは他社優位性を発揮できない。

そこで考えました。

僕たちはこの5年間で何を積み重ねてきたのだろう。

これは、講座ではなく、集まってくださっている方のレベルの高さ、とてつもないキャリアを持つ学生が集まるコミュニティは、ほかのどこにもないはず。それだけ、奈良シニア大学に通ってくださっている方々は、深い。

東京も同じように、そんな場所にしたい。だらか、講座ではなく、コミュニティを全面に出していこう。

そんなシナリオを作って挑んだ8月9日の説明会。

17名の参加者で、10名がご入学!

特徴がブレはじめた結果

しかし、8月30日の公開講座、9月1日の公開講座で自分のペースが乱れます。

奈良シニアカレッジ

奈良学講座
皆さん、講座を受けに来ているんじゃないか!?

満席になった会場を見て、そう思いはじめました。

僕たちは、他との差別化を図るために「コミュニティ」が特徴だと言っていたけど、公開講座は70名定員を2日間行って、2日間とも満席。やっぱり「講座」の方が人が集まるんじゃないか?そう感じた結果、コミュニティを全面に出すプレゼン資料で、講座をメインにお話させていただくという行動を取ってしまいました。

当然そんなことは難しくて、案の定、自分のペースを乱して、らしくないプレゼンをしてしまいました。

12名の参加者でご入学者が4名!

後からご入学のご連絡が1名きたので、15名!

と、こういう流れでした。

背水の陣

どの方向性のプレゼンをしたら東京の方々にも通じるのか。

「コミュニティ」なのか、「講座」なのか。。。

残り2日になったけど、これまでにお会いしてきた方に、どのような年齢の方々で、どのようなバックグラウンドをお持ちで、奈良にはどれくらい興味があって、奈良にはどれくらい年間で訪れていて、これからはどのような日々を過ごされたいのか、できる限り沢山の方々とお話させていただいていたことを思い出しました。

何よりも「奈良」には、奈良校・橿原校に通ってくださっている学生が沢山いる。しかも、皆んなが皆んなではないかもしれないけれど、沢山の学生が心から応援してくれている。

天国では、師匠がきっと見てくれているはず。

そんなことを思い出していると、ふと気がつきました。

そうだ、僕たちが大切にしてきたものは、コミュニティでもない!講座でもない!

僕たちがどういう想いで、このシニア大学と向き合ってきたのか。だ!

それをもっと素直に伝えよう!

そう決めて、それらを盛り込んで、話にもいつにも増して熱を入れ、心を込めてプレゼンしました。

9月2日参加者13名中、10名入学!

9月3日参加者12名中、8名入学!

ここに来て、最後の最後で目標だった30名突破!!

めっちゃ嬉しかった!想いは通じるんだ!見てくれているんだ!!

フェニックス大学

正直、しんどかった

9月1日、もう無理だと思いました。

奈良に帰ろうかと思いました。

だって、これだけ矢澤が突っ走ってくれて、舞台を作ってくれたから。

これだけ沢山の人たちを巻き込んでしまったから。

これだけ奈良の学生からも応援してもらったから。

これだけスタッフも奈良で頑張ってくれていてから。

でも、最低30名の目標の中で、15名しかいない現状。

時間が経てば立つほど、募る不安。周りからの冷たい反応。

これまでに溜めてきたものが全て爆発しました。(こちら

感謝 

そんなわけで、精神的にバランスをひどく崩してしまいましたが、それでも信じて前に立たせてくれた矢澤に心から感謝です。

そして、毎回説明会にお越しいただいて、率直なご意見や感想を伝えてくださった宇賀神さん。

ずっと影で支えてくれた中島くん。

流石のトークで参加者の雰囲気を一気に柔らかく、笑顔にしていただいて、僕に話しやすい環境を作ってくださった澤内先生。

皆さんに本当に感謝感謝です。

これからを生きていく上で、本当に貴重な経験をさせていただきました。

もう嫌だけど。笑

これから先はもっと辛いことが待っているかもしれないけど、今回の経験を糧に頑張っていきたいと思います。

今日は約1週間ぶりに自分の布団で寝たいと思います。

たまたま開いたFacebookページにも救われた話

しんどくて、しばらくトイレから出ず、入ったカフェでも何をするわけでもないのに3、4時間ほど居座って。そんな時に偶然開いたFacebookページがこれでした。

神戸観光ホテルで修行した時は、往生しましたよ。板長にいじめられたんです。

僕、仲居さんとのチームワークを良くしようと思って、彼女たちに気を使っていたから結構可愛がってもらっていたんです。だから、「六さん、お願いね」って声をかけられる。

それは、本来、板長とか上の人を通してもらわないといけないことだったから、板長は面白くないわけです。僕は当時20代前半。

向板(むこういた)という魚をおろす係をしていました。それ以外に板場の進行役でもあったから、1日15、16時間は働きましたよ。

忙しいからなるべく早く調理場で準備したいのに、板長が意地悪をして開店の1時間前でないと入れてくれない。

準備にはどんない急いでやってもたっぷり2時間必要でした。

僕は調理場を動き回り、いつも以上に「早く、きれいに」仕事をする工夫をするわけです。そんな様子を見た先輩は、僕のことを「駆逐艦」と呼んでいました。

それでも板長は「このボケ、遅いぞ」と罵声を浴びせてくる。せっかく作った料理も気に入らないとひっくり返される。それが毎日毎日続くものだから、「もうこの商売をやめようか」と思うようになった。

僕は子どもの頃から辛いからといって、途中で投げ出したことはない。それがこのときばかりは、真剣にやめようかと考えました。

でも、考え直したんです。

せっかくここまで修業してきたのに、やめてしまったらまた一から出直しでしょう。

ここが踏ん張りどころだと思いました。

そして「どうやっても、もうこれ以上はできん」というぐらいまでやってみることにしたんです。「早く、きれいに。早く、きれいに」と唱えながら、死に物狂いで仕事をこなしました。どんなにいびられてもへこたれない僕を見て、板長のいじめも徐々におさまっていったのです。

あのとき頑張れたからいまの僕がある。

もし、苦しいことから逃げ出すことを選択していたら、ズルズルと落ちるところまで落ちていたと思う。

人生には「ここ一番」という踏ん張りどころが何度かある。

どんな分野でも一流と呼ばれるのは、そういう「ここ一番」の局面で踏ん張ることのできる人だよね。

人間、一度でも崩れることを許したら崩れグセがついて、次の「ここ一番」も頑張れない。

どんな道に進んでも、必ず「ここ一番」の頑張りどころがあるんだ。

道場六三郎

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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