YUITOBLOG

YUITOBLOG

奈良シニア大学 事務局長が綴る、本と映画と感性と。

Enjoy Life

夢に向かって突き進め!椿野唯仁の公式ブログ

祖国とは国語(著:藤原正彦)本の概要を5分でまとめてみた

ルーマニアの思想家であるエミール・シオランが言った言葉。それが、この本のタイトルでもある、「祖国とは国語」という言葉です。

祖国とは国語

この本は、藤原正彦さんが著者です。

僕にとってのこの本との出逢いは、約3年前くらいでしょうか。

大学生まで1冊も読書しなかった僕が年間100冊読むようになったことも、この本がきっかけです。恩師から勧められて「仕方なく」読み始めたのが僕の読書人生の始まりでした。

www.yuitotsubakino.jp

なぜ国語が大切なのか

それはズバリ、国語は思考と関わっているからです。こんな文章があります。

言語は思考した結果を表現する道具にととまらない。言語を用いて思考するという面がある。人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすることはない、といっても過言ではない。

母国語の語彙は思考であり情緒なのである。

重大なのは、国語が思考そのものと深く関わっていることである。言語は思考した結果を表現する道具にとどまらない。言語を用いて思考するという面がある。

言語=思考した結果の表現ツール

言語(語彙)=思考=情緒というわけです。

恋人を思う時はどう表現しますか

例えば、好きな人を思うとき。あなたは、どんな言葉で表現しますか。

好感を抱く・ときめく・見初める・ほのかに想う・陰ながら慕う・想いを寄せる・好き・愛している・惚れる・一目惚れ・べた惚れ・愛する・恋する・片想い・横恋慕・相思相愛・恋い焦がれる・身を焦がす・恋煩い・初恋・老いらくの恋・うたかたの恋など

そう、表現がとっても多い!

これは日本語の奥深さを表す所以ですね。

だからこそ、様々な語彙で思考や情緒(感情)をいったん整理し、そこから再び思考や情緒を進める。これらのうちの「好き」という語彙しか持ち合わせがないとしたら、情緒自身がよほど、ひだのない直線的なものになってしまうでしょう。

語彙こそが思考であるとのことです。

つまり、こういうことだそうです。

人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすることはない、といって過言でない。母国語の語彙は思考であり情緒なのである。

インターネットよりも読書

情報革命により、今はwebありきで社会が動いています。人口減少とともに高齢化が進み、将来を担う若者・子供が生きている社会と、これまでの先人が歩んできた社会とでは全く違う社会(世界)が待っていることでしょう。

若い人にとってインターネットは無くてはならないものだと思います。

なぜなら、インターネットがあることが当たり前だからです。インターネットなしで生活することを想像することは難しいです。

そんな中、この本ではインターネットについてこんなことが書かれています。

世はIT時代で、インターネットを過大評価する向きも多いが、インターネットで深い知識が得られることはありえない。インターネットは切れ切れの情報、本でいえば題名や目次や索引を見せる程度のものである。ビジネスには必要としても、教養とは無関係のものである。

少し偏っているかなと思いますが、これも確かに一理あります。

でも、インターネットという概念自体が、検索ツールから、社会インフラに移行しているわけですから、インターネットは知識を獲得するものではなくて、生活していくために利活用するものになっているんじゃないかと思います。

皆さんは、どう思いますか。

少しでも感じることや気がつくことがあれば嬉しいです!そして、実際にこの本を読んでみてください。

まとめ

この本を読んだ、僕なりの要約は、こうです。

  1. 思考することを鍛えるためには、まずは、自分の「感性」を磨くこと。
  2. 感性を磨くためには、「論理」を自分の中に立てること。
  3. 論理を立てるためには、「語彙」を自分の中にストックしていくこと。
  4. 語彙を鍛えるためには、「読書」をすること。

 

感想文

『忙しい』この言葉は自分に酔いしれることのできる悪魔の言葉。その上、心が亡くなると書く。僕は兎に角『忙しい』日々を過ごしていた。そんな中、ある日の牡蠣パーティーで、『自分の中心軸』を問われた。答えが直ぐに見つけられなかった。

3つの仕事を持ち、忙しい日々を過ごしていた自分はいつしか中心軸を見失っていた。どうにか自分を変えたかった。変えようとして人に迷惑をかけたこともあった。でも、結局何をしたら良いのか、自分はどこに向かっているのか、そのイメージすらも湧かなかった。その時にプレゼントされたのがこの本との出会いであった。

 『日本は今、危機にある。』この一文から物語は始まる。どうしても、『自分は今、危機にある』と置き換えて読んでしまいそうだった。でも、どうやら自分は本当に危機にあったらしい。認めたくない程に自分の危機的な状況が露わとなった。ゆとり世代、我慢不足、温室育ち、文学・芸術・歴史などの教養不足、それが故の美的感受性の欠如。祖国とは。国語とは。そして、自分とは。これを突き詰めていく物語であった。

祖国は愛国心とは別物で、英語で言うところのパトリオティズムである。自国の利益ばかりもとめるナショナリズムとは違い、アイデンティティこそが祖国であると考える。

国語とは、つまりは思考であった。思考とは論理であり、論理たらしめるものは語彙、語彙も情緒に左右される。情緒といっても喜怒哀楽という生理的な感情とは全く別物であり、寧ろ教育的なものである。読書が大切というのも頷けた。自分が体験したことによる感受性以外にも、読書を通じて文学や自然・芸術に触れることで美への感受性が豊かになる。それは即ち情緒であり、思考であるのだ。

まず、この本自体が情緒に溢れていて心揺さぶられた。そして、この物語を通じて、自分のアイデンティティーを確立しておかないといけないとも感じた。そのアイデンティティこそが、この本を手にしたきっかけでもある自分の中心軸なのかもしれない。とりわけ、情報社会に生きる私にとって大切なことは、いかに情報を掴むかということではなく、いかに情報に流されずに本質を掴むかであるように感じた。仮の中心軸から真の中心軸へ変えていくために読書から始めてみようと思う。私にとって祖国とは読書であった。

読書嫌いが読むべきオススメ本

www.yuitotsubakino.jp

前回の記事はこちらから

www.yuitotsubakino.jp