YUITOBLOG

YUITOBLOG

奈良と人と感性と。Nara, People and Sensitivity

Enjoy Life

夢に向かって突き進め!椿野唯仁の公式ブログ

【書評】福田誠治「子供たちに未来の学力をフィンランドの学力観に学べ」その1【日本の教育の今】

フィンランド教育に興味

これまでの記事を読んでいただいているとわかってもらえると思うんですが、最近、「フィンランド」という国の教育に凄く興味がわいています。このYoutubeを見てください。

youtu.be

興味がわかない訳がない!

  • 世界一の教育
  • 宿題はなし
  • 宿題という概念自体が時代遅れ
  • 脳を休ませないと、ずっと酷使していると学べなくなる
  • 授業を減らして学力が伸びた

子供たちに「未来の学力」をを読んでみた

f:id:y-camellia29:20190116211310j:plain

*1

子どもたちに「未来の学力」を

子どもたちに「未来の学力」を

 

この本を読んでみました。

日本の教育のこれまで

日本の教育は、テストの点数重視

学校には競争原理が持ち込まれる。(私学の生徒獲得争い)

そんな環境の被害者は紛れもなく、「子供たち」で、先生は成果で評価される学校の現場で戦々恐々とし、やる気を失う。日本には多くの優秀な教師や心ある教師も官僚もいる。しかし、志を持てば持つほど、子供に対する思いが強ければ強いほど悩み、踠き、苦しむような世界

本音ではマズイと思っていても、「日本の子供の学力は概ね良好だ」とする。

日本の教育の欠点

前回はPISAテストの話をしました。

(詳細はこちら)

【書評】池上彰「ニュース、そこからですか?」まとめ教育編 - YUITOBLOG

元々、PISAは日本で行われているようなテストではないのに、「上位ではないから学力が低下した。」と短絡的に考えられている。でも、本質的に違う学力。そこを分かっていない。

 

逆に、できが良いと言われている問題がある。それは、一言で言うと、過去問。(事前の学習で覚えたもの)つまり、お膳立てされた問題は解ける。でも、決まった回答が得られない問題や身の回りの出来事を、どういう知識とぎのうを活用して解決するかは弱い。これが、日本の教育の現状である。

  • 科学的証拠を用いる=覚えた公式を問題に当てはめる能力は高い
  • 科学的な疑問を認識する=身の回りで感じた疑問が科学で解決するか、科学以外の宗教や心で解決するのかを問うものは弱い
  • 現象を科学的に説明する=科学の問題を解くために、データや知識を集め、解決の手順を決めることができるか問うものは弱い

日本の生徒は様々な科学分野にわたり素晴らしい知識基盤を備えているが、初めて出会う状況で、知っていることから類推し、知識を応用する必要がある場合や、問題と取り組む前に科学的問題を特定し、組み立てる必要がある場合には成績が下がる。生徒が単に科学的知識を記憶し、その知識とスキルを再現することだけを学習しているのだとすれば、多くの国の労働市場から既に消えつつある職種の仕事に適した人材育成を主に行なっているというリスクを冒してしることになる(グリア事務総長)

日本の教育は古い

簡単に言うと、日本の教育は古い。これに尽きる。

勉強をすればテストの点数が上がるというのは、精神論なのに、親は子供に勉強しろ!と発破をかける。しかも、基本的にテストは過去問だから勉強すればテストの点数が上がる。そうやって日本の社会が成り立っているんだから仕方ないんだけど、「日本の記憶を確認するやり口のテストや試験の在り方」に疑問を持たない人が意外と多い。

 

サッカーを指導していた頃は、何度も相談を受けたことがある。

子供のテストの点数が伸びなくて悩んでいるんです。

テストの点数を伸ばすことが全てじゃないと思いつつ、テストの点数でしか測られない入試制度があるので凄く悩んだ。それがあって、今自分は奈良シニア大学を運営する経緯に至っているんだけど。笑

 

そもそも、解き方がわからないから「問題」なのに、授業で教えたことを問題としている。答えが1つのものを問題と言っている時点でオカシイのに、誰がやっても答えは同じ。答えがあると思って問題を解くから悩むし、サッカーのように答えがないスポーツにおいては、真面目であればあるほど、何をしても答えが見つからないという不安にかられて伸び悩んでしまう側面がある。

ヨーロッパが「これから何ができるか」を重要視する教育であるのに対して、日本では「何を学んだか」を重要視している。

特にヨーロッパは、27の国、4億9千万の人々が陸続きの国境を超えて移動するほど、沢山の人種がいる。その中で愛国心だけを声高からかにいうと喧嘩になる。伝統を説いても意味がないので、知識技能の国民パックは通用しないので、新しい市民像・新しい社会人像を打ち出さざるを得ない。つまり、状況に応じて変化し続けなくてはならない。

変化し続ける=編集脳

これは、藤原和博先生が言っていたアクティブラーニングそのものなのかもしれない。

藤原和博先生の「45歳の教科書」を読んでみた! - YUITOBLOG

まとめ

日本の教育に疑問を持ち始めた留学時代とサッカー指導時代。

今の奈良シニア大学運営の意味もそこにあるんだけど、フィンランドの教育から日本の教育の現状や改善点を見出すことで、自分自身がこれまでに言語化できなかった思考や想いが整理できそうです。(めっちゃ面白い)

 

今回記載した中で感じたことは、日本の教育はある意味、日本の教育であるのも仕方ないのもあるということ。まして、教育は民族や国土、気候など様々な要因が複雑に絡み合って出来ているものなのだろうから、一概に日本の教育がダメでフィンランドの教育が良いという評価ができる訳はないんだけど、フィンランドの教育から学ぶべきものは沢山ありそう。

ということで、次回は、日本の教育の歴史を紐解いてみたいと思います。

読者・コメント募集中!!

ブログを読んでいただいた感想をコメントください。

ブログを通じて皆さんと出会い、繋がり、新しい学びが生まれたら嬉しいです。

よろしくお願いします!

前回の記事はこちらから

【書評】池上彰「ニュース、そこからですか?」まとめ教育編 - YUITOBLOG

www.yuitotsubakino.jp

 

*1:Amazon参照