YUITOBLOG

YUITOBLOG

心揺れる人・本・映画・景色の出逢いを綴ります!

Enjoy Life

もっと人生を楽しく!そして、豊かにするために。

僕の人生は「怒り」が原動力!

どうも、YUITOです!

 

この2日間で自分の「心」が大きく動きました。

いつも感じるような「感動」「幸せ」「喜び」ではありません。

怒り」という感情です。

 

感動したこと、幸せを感じたことを書いています。

でも、いつもいつもハッピーかと言われると、そうではありません。

そんなに「カッコ良い人間」ではないです。

 

僕は、基本的に弱いです。これはいつも思っています。

そんな自分にも、「怒り」が込み上げてきます。

yuitotsubakino.hatenablog.com

 

今日は、「怒り」という感情を考えたいと思います。

 

 

僕の人生は「怒り」が原動力である

この2日間、いや、この1週間で起きたことを

「自分の感情」という観点から考えたいと思います。

 

お金を払っているんだ!

これは、働いている人なら誰でも言われたことがあると思います。

僕も何度も言われたことがあります。

 

お金を払っている人は、そんなに偉いんですか?

 

僕だけではなく、生きている人は誰しもが

「与える人」であり、また、「与えられる人」だと思います。

 

例えば、「料理人」と「お客様」

料理人とお客様の関係性は、お金を払う「お客様」の立場が上なのでしょうか。

確かに、料理人はお客様から「料理を作る労力」の対価として「お金」をもらっています。

でも、お客様も、「お金」を支払うことで「料理」という対価を得ています。

 

例えば、「経営者」と「従業員」

経営者と従業員の関係性は、お金を払う「経営者」の立場が上なのでしょうか。

確かに、従業員は経営者から「労働・労力」の対価として「お金」をもらっています。

でも、経営者も、「お金」を支払うことで「労働・労力」という対価を得ています。

 

例えば、「先生」と「生徒」

先生と生徒の関係性は、お金を払う「生徒」の立場が上なのでしょうか。

確かに、先生は生徒から「指導」の対価として「お金」をもらっています。

「お金」には変えられない、「価値」も与えてもらっています。

でも、生徒も、「お金」を支払うことで「知識」という対価を得ています。

「知識」以外にも、「友達」や「経験」などの様々な人生の資産も与えてもらっています。

 

そこで、思います。

どっちが偉いとか関係あるの?

どっちが上とか関係あるの?

 

どんな人も、1人では生きていけないはずです。

誰しもが、与えて、与えられる立場を担っている。

どちらかだけ、ということはあり得ないです。

 

もっと言うと、お金を払う人、お金をもらう人、

どちらにも「責任」が発生しています。

 

「料理人」と「お客様」の例で言えば、

料理人は、料理を出すという責任があります。

食中毒、O-157でも発生したら大変です。

お客様にも、責任があります。

数ある店の中で、その店を選んだという責任です。

「良いサービスを受けられると思ってきたのに失敗した!」

それなら、最初からもっと、リサーチして他の店に行けば良い。

 

良いサービスというのは、「与えられるもの」ではなくて、

「お互いに作り出していくハーモニー」のようなものだと考えます。

 

だからこそ、こう思います。

お客様は神様ではありません。

お客様はお客様です。

 

だから、僕は怒っています。

もっと言うと、そうやって言われてしまった、

自分の実力不足にも「怒り」を感じています。

もっと実力があれば、そんなことを言われることすらなかったのかもしれません。

 

 

お前より、年上なんだ!

これも、誰しもが言われたことがあるのではないでしょうか。

僕は、何度も言われたことがあります。

 

年上は年下よりも偉いんですか?

 

僕は、先人は偉大であると思っています。

先人がいたからこそ、今の自分がいると思っています。

でも、だからと言って、先人が全てOKではないと思っています。

 

先人(先輩)の経験は「計り知れない」と考えます。

人生の山や谷を幾度となく乗り越えてこられています。

物質的に恵まれなかった時代や戦争を乗り越えられた歴史、生き様から

現代を生きる僕たちは多くのことを学んでいかなければならないと思っています。

 

確かに、人生を先に生きてこられた「先輩」は、

人生をたった25年しか生きていない「僕」よりも、

ありとあらゆる点で桁違いの能力が備わっていらっしゃいます。

その中の1つに「器の広さと深さ」と言うものがあります。

 

僕も、自分の実力不足や能力不足を痛感することが多く、

先輩方から「大目に」見てもらっていることが沢山あります。

どんな状況でも、叱咤激励を下さる諸先輩方には、

「その先輩のために必ず自分が恩返ししないと」といつも思っています。

これが僕の原動力の1つでもあります。

 

ところが、頭ごなしに、

「俺はお前よりも年上なんだ!」と言われると、怒りに変わります。

先輩方の器の広さに甘えてしまっている自分だからこそある感情なのかもしれません。

 

でも、きっとそう言う先輩方も、昔は、

先輩方の先輩方に同じことを言われた経験があるはずです。

その時に先輩方は、良い気持ちになったのでしょうか。

不快感を覚えていたのであれば、何でそんなことが年下に言えるのでしょうか。

 

インドではカースト制度というものが現在も深く根付いているそうです。

高い身分の人が、低い身分の人を奴隷のように扱う。

身分の低い人は、奴隷のように扱われていることを気付かないようです。

とても悲しいことだなと思いました。

 

日本でも、年功序列という仕来りがあります。

今は、年齢という数字ではなく、結果という指標が価値となる時代に入っています。

 

制度よりも、ヒエラルキーよりも、物事の本質を重視して考えてしまう、

真っ直ぐで、真面目な僕は、バカなのかもしれません。

 

でも、先輩方へは後輩へ、もちろん、後輩は先輩方へ、

お互いに歩み寄る、「」を忘れてはいけないんじゃないかと思っています。

 

だから、僕は怒っています。

もっと言うと、そうやって言われてしまった、

自分の実力不足にも「怒り」を感じています。

もっと実力があれば、そんなことを言われることすらなかったのかもしれません。

 

 

何でもう死んだんだ!

1週間前に、自分の人生に影響を与えた最も大切な1人である「師匠」が死んでしまいました。

4年前に出会った時から、その師匠に、ずっと「家来」と呼ばれていました。

息を引き取る前、最後に師匠からこう言われました。

 

「お前は一番の家来や。」

 

堪えていた涙を止めることができませんでした。

師匠にはいつも怒られていたし、褒められた記憶はあまりありません。

でも、沢山の愛情を惜しみなく注いでくださいました。

 

心にポッカリ穴が空いたまま、今でも実感が湧いていません。

亡くなった翌朝も、初めて、一人で泣いてしまいました。

 

とても悲しいです。もっと言うと、怒っています。

何でもう死んだんだ!

 

師匠ともっと時間を過ごしたかった。

もっと師匠に認められたかった。

もっと一緒にしたいことが沢山あった。

 

なのに、何で、もう死んだんだ!

 

師匠が死んでから、難しいことばかりです。

「俺がいたから助かっていたんだ」と自慢する師匠の顔が浮かぶのと同時に、

「ここからは自分たちでやっていけ」と厳しく伝えていらっしゃるような気もします。

 

師匠を本気で怒らせた時にこう言われました。

お前には自分の軸がないのか! 自分の軸を持て!

 

師匠から学んだこと、いっぱいあります。

それらは、自分の心にしまっておきます。

あなたに認めてもらえるようにしっかり生きていきます。

 

だから、どうか安らかにお眠り下さい。

心から感謝してます。ありがとうございました。

 

最後に

「もっとこうなりたい!」という向上心よりも、

「何で、今、こうなんだ」という自分に対する怒りは、

爆発的なエネルギーになっているのかもしれません。

怒りをエネルギーに変えて生きているんですね、僕。

 

幸せとか、感動とか、確かにもう一度味わいたいという、

キレイな自分もいるけれど、本当は、

悔しいこととか、辛いこととか、全部の怒りが

自分の人生のエネルギーになっているんじゃないですかね。

 

怒りが私の研究の原動力だ

ノーベル賞受賞者 中村 修二さん

 

今日は、ちょっと違った視点から考えて見ました。

f:id:y-camellia29:20180624112139j:plain

おわり。

 

yuitotsubakino.hatenablog.com

 

yuitotsubakino.hatenablog.com